地球温暖化の影響か?

 まだ梅雨も明けないのに連日、暑い日が続き、猛暑日も出現しています。本格的な夏シーズンになったらどうなるのか、考えただけでうんざりしてしまいます。

 最近、走っている車の数が少なくなったような気がします。ガソリン高の影響なんでしょうか。CO2を生み出すガソリンの高騰でCO2の排出量が減少するなんて皮肉な巡り合わせといえます。半面、通勤、買い物に自転車を利用する人が増えているようです。でも、この暑さでは利用者の広がりも限定的でしょうね。

 名古屋市中心部への車の乗り入れを抑制し、CO2を削減する狙いで、駐車デポジット制度の効果を調査する実験が行われるそうです。無用な車を排除し、車の流れをスムーズにすることもCO2削減には効果があります。

 私が子供の頃はセミが鳴き出したといえばアブラゼミのことでした。でも現在の主役はクマゼミです。生態系が変化している明らかな証拠です。動植物の世界でも厳しい生存競争が発生しているようです。

 とはいっても、現代の日本では車なしの生活はありえません。そんな社会になってしまったことを反省しながら、メーカーにCO2を排出しない車の実用化を促し、私達はできる限り人力を利用して温暖化に抵抗しなければ。環境サミットだとか何とか言っても思惑ばかりで結局は何もできず、言葉でごまかすというていたらく。ドラマ「CHANGE」の朝倉総理みたいな人が一国のトップになったら、多少は何かが変わるのかな?

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だまされないで

 きたきたきた~。織田裕二じゃありませんよ。「あなたに210万円の当たる権利があります。3000円を振り込んで、権利を生かしましょう」というあれです。

 相手はカナダ・バンクーバーの住所です。大量に送られてきているようです。なかには3000円を送って、次のステージへステップアップした人もいると、身近で聞きました。それ以降どうなったかは知りませんが、理由もないのに210万円もくれるなんて、そもそも信じられますか。

 この手の詐欺まがい行為はよく耳にしますし、事件になって新聞やテレビをにぎわしています。それでも後を絶ちません。送り付けられた方も、3000円ぐらいならと気楽に構えているのかもしれませんが、こうした類のものは無視するに限ります。「君子危うきに近寄らず」です。

 銀行のCDコーナー。詐欺に引っかからないよう呼びかけるチラシが目立つ所に張ってあります。これだけいわれているのに、まだ引っかかる人がいるのですよね。「自分に限って」という例外感がある以上、事件は絶えません。自分には関係ない…ではなく、いつ狙われても冷静に対処できるように日ごろから気をつけておきたいものです。後の祭りでは悲しすぎます。

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値上げの季節

 桜も八重が終わりに近づき、ツツジのつぼみがふっくらと膨らみ、気の早い花は開き始めています。他にもいろいろな花が咲き、街中がカラフルになっています。これからは、ひと雨ごとに緑が濃くなっていきます。

 街路樹や植え込みがにぎやかになっていくことは大歓迎なのですが、物価の上昇がかまびすしくなるのはいただけません。ちょっと強引な結び付けになってしまいましたが、喫茶店のモーニングサービスにも影響が出ているようです。

 東海地区のモーニングサ-ビスは全国に名をとどろかせています。トースト(蒸しパン、サンドイッチ)に野菜サラダは当たり前、スクランブルドエッグ、茶碗蒸し、豆腐のドーナツ、オムレツ、一口ピザ、シュークリーム、アイスクリーム、季節の果物etc本当にビックリするくらいです。普通は午前11時頃までなんですが、なかには“終日モーニングサービス”なんて店もあります。先日、四国からやってきた人が、「何はさておいてもまずモーニングサービスを」と喫茶店に言ってきたそうです。その感想は「たいしたもんです。よくやっていけますね」でした。

 モーニングサービスは一宮が発祥の地という話も聞きますが、小麦の高騰に始まる食品の物価高にかなり苦しめられているそうです。モーニングサービスだけ何十円か値上げした店もあるようです。少しでも内容が落ちれば客足が遠のいてしまう。値上げはしたいしさりとて…。

 何とかなりませんかね福田さん!。今年もきれいに咲いた花を見ながら、来年はどうなっているのやら心配な毎日です。

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桜吹雪

 植田の山のソメイヨシノは今が見ごろです。今日の強風で花びらがかなり舞っています。なかなかいい眺めです。「願はくは 花の下にて春死なん この如月の望月のころ」なんて句も柄になく浮かんできます。

 このところの花冷えで、今年は花が長持ちしていますが、私の子供の頃は入学式の頃が満開だったように記憶しています。ここにも地球温暖化の影響が見て取れます。競馬の桜花賞も、今年は桜花の散った後の葉桜の下での乙女の闘いになりそうです。

 暫定税率が廃止となり、ガソリンが安くなったのは大歓迎なんですが、政党間の争いの道具にされているような気もします。日本の政治はどうなってしまうのか心配です。日銀の総裁もいまだに決まりません。ガソリンは下がっても、それ以上に値上がりが多くなっています。値上げの春です。

 支持率低下の福田内閣。何にもできない内閣はかえって国民の迷惑。桜花のようにあっけなく散ってしまうのか、それともミラクルが…。桜の花が風に飛ばされる光景を見て、そんなことが頭をかすめました。

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春ですね

 春分の日、実家近くの長良川河川敷でウグイスの鳴き声を耳にしました。父親いわく、今月初めごろから鳴いているらしく、2キロくらいの間に縄張りを別にして2匹いるようです。ウグイスの声で目覚める日もあるといいます。なんとも贅沢な話ではありませんか。

 トライアスリートにとってはシーズンが近づき、心がわくわくしてきます。練習のピッチを上げていかなければならない時期なのですが、花粉症のトライアスリートには大変な時期です。練習もままならない状態でしょうが、体調と相談しながらペースを上げていってください。

 先日、2012年の岐阜国体で、トライアスロンが公開競技として行われることが決まりました。1986年から国際大会を開いている実績が認められた結果のようですが、まさに“継続は力なり”です。若年人口は減っていきますが、トライアスロン仲間は増えていって欲しいものです。

 急に暖かくなるとオーバーペースに陥りやすくなります。調子に合わせてしまうのではなく、計画をしっかり立てて確実にこなしていくことに心掛けてください。

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言葉を考える

 かつて、「言葉狩り」がありました。「狩り」という表現がどうかはさておき、軽蔑、差別用語など相手に不快感を与えたり、誤った知識を植え付けるような言葉は使うべきでないことは言うまでもありません。その意味では完了した出来事ではなく現在も未来も進行形であるといえるでしょう。

 たまに、冗談を冗談として受け取ってもらえず、場がしらけてしまったときなど、どうつくろっていいのか分からなくなってしまったような経験はありませんか。「KY」といわれれば結果として否定できませんが、もっと軽く受け流してくれればと思うこともあるでしょう。飲み会などでテンションの上がっているときに、そこまで考えてしゃべる人はどれだけいるでしょうか。

 半面、不特定多数の人に向けて情報を発信する場合には、それなりの気配りが求められます。最近、「ブログ炎上」がしばしば起きています。言葉の使い方があまりにも安易過ぎることもありますが、言葉の持つ意味をしっかりと理解していないことも原因として挙げられるのではないでしょうか。人の揚げ足をとるのもどうかと思う部分もありますが。「言霊」と昔から言います。言葉一つ一つに魂があるのです。魂は言葉を発する人がこめるものだとも思うのですが、勢いでしゃべってしまうこともよくあります。少し前に世間では、某有名歌手の失言、NHKアナウンサーの発言等がブログやワイドショーを賑わせていましたね・・・。

 何気なくしゃべっている会話も、意味の取り方によってはとんでもない会話になることだって有り得ないとは断言できません。考えすぎると何もできなくなってしまいますが、まずは「言葉」を“大切”にする心を“大切”にしたいと思います。

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行く年 来る年

 今年もあとわずかとなりました。テレビでは年末年始特番が華やかです。振り返ってみれば、公私共にいろいろなことがありました。長くもあり短くもあった「猪」年でした。毎年のことですが、「さして変わりなしと言えればそれでよし」としようと思っています。

 「今年の正月は当たり前に迎えたのだが…」。「時の刻みがこんなにも苦しいものだとは思いもしなかった」。「何で俺だけが…」。先日、父親が「息子を亡くした知人が涙を浮かべて話していた。なんて慰めたらいいのか言葉もなかった」とつぶやいていました。交通事故だったそうです。

 時として、時間の経過はとてつもなく惨いことをします。そんなことばかりではないのですが、どうしてもそうしたことは強調されてしまいます。嬉しかったこと、楽しかったこともいっぱいあるんですが、そうしたことは案外、簡単に流れていってしまいます。周りの人々が笑顔になれるよう、元気を振りまいていければそれに越したことはありません。

 来年は十二支がトップの「子」に戻る、いわばスタートの年でもあります。ガスティが名古屋で皆様方のお世話になるようになって3年目に入ります。これまでの皆様方の愛情、ご支援に感謝し、ますます愛される店になるべく努力を重ねてまいります。来年も何卒宜しくお願い申し上げます。

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「偽」

 今年の漢字は「偽」でした。一年を振り返ってみると、世の中の信頼とか秩序といった「心」の部分がないがしろにされた事件が多かったのは事実です。とても残念なことなんですが、このままでは日本の将来はどうなってしまうのかという不安がどんどん広がっていきます。沢山あるんでしょうが、心の温まるニュースというのは伝えられる機会に恵まれないきらいがあります。

 今年のホノルルマラソンで、90歳5ヶ月の男性が8時間11分56秒で完走しました。途中で激しく雨が降るという悪コンディションにもめげずの快挙です。新聞によると、地元の群馬県民マラソン10キロに今年まで11年連続出場だそうです。どんな練習をしているのか聞いてみたくなります。こんなニュースを見聞きすると、勇気を奮い立たせられます。練習をきっちりして、できるだけ長くトライアスロンを楽しみたいと本気で思います。90歳まではちょっと自信がありませんが。

 練習といえば、単にメニューをこなすだけになってはいませんか。確かにこなしていくことは重要なことなのですが、そこに何かを加えることも忘れないように工夫することも大事です。体調もあるでしょう、天候も常にいいとは限りません。こなすだけで納得し、結果的に「偽」になってしまわないように気をつけましょう。

 選挙公約と違っている、つまり「偽」として問題が急浮上している年金問題。舛添厚生大臣の辞職を求める声も上がっていますが、彼はよくやっていると思います。福田総理のあのとぼけはいただけませんが、本当の「偽」になってしまわないように心してさらに頑張ってもらえるようにエールを送りたいですね。

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過ぎたるは及ばざるが如し

 そこはかとなくキンモクセイの香りが漂ってきます。「そこはかとなく」だからいいのであって、「これでもか」となるとうんざりします。決して嫌いな臭いではないのですが…。

 もうかなり前のことですが、庭木としてキンモクセイがもてはやされたことがありました。あれから何年、いや何十年か。樹高4~5メートルに育ったキンモクセイが近所に何本かあると、風向きによっては窓を開けていられなくなることもあります。近くを通るときも息を殺し足早になります。幼い子が「あっ、家のトイレのにおいと同じ」と叫んでいました。トイレの消臭剤と同じ臭いというわけです。過ぎたるは及ばざるが如し、ですね。

 注目のボクシングの世界フライ級タイトルマッチ。力の差は歴然としていましたが、18才としてはよくやったと思います。でも、最終ラウンドの行為はいただけません。すくい投げに吊り出しとリングが土俵に変わってしまったかの感。放言も程度の問題で、あんな試合を見せられると一言一言が白々しく思い出されます。まさに、過ぎたるは及ばざるが如し、です。

 

 

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もう少し何とかなりませんか

 つけっぱなしになっている店のテレビから流れてくるワイドショーのインタビュー。否応なく耳に入ってくるので聞くでもなく聞いていると、インタビュアーのあまりにもくだらない質問に嫌気が差して、チャンネルを変えてしまうことがあります。そんなシーンが最近増えているように思います。

 何を言わせようとしているのかミエミエのインタビュー、幼稚な誘導尋問とさえ思われることもしばしばです。一つ一つの言葉から「ああ、そうなんだ」というニュアンスが滲み出てくるような大人の会話がどうしてできないんでしょうか。あまりにも即物的で、嫌悪感さえ感じてしまいます。

 何もワイドショーだけがそうではありません。ニュース番組においても全く同じことが言えます。国家を揺るがす問題が起きているのに、「今の心境は」「何か一言」なんて問いかけは、ニュースを見ている方でさえ「何を聞いているんだ」とあきれ果ててしまいます。ニュース番組もショー化してしまっている証拠です。

 ニュースの価値観をどこに求めるかは人それぞれでしょうが、あまりにも低次元な場面を見せつけられると気分が滅入ってしまいます。インタビューといえども大人の会話を望みたいものです。

 

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どう思いますか?

十分に払えるのに子供の給食費を払わない親。子供が石を投げて教室のガラスを割ったら、「そんなところに石があるのにほったらかしにしていた学校が悪いんだ」と屁理屈をこねる親。怒る前にあほらしくなってしまう話はどこにでも転がっています。世の中どうなっているのでしょう?

身近にこんな話がありました。ある日、知り合いの店に高校生の孫を連れたおばあさんが来たそうです。孫が自転車を欲しいとおばあさんにねだり、やって来たようでした。そして「この色が欲しかった」と言ってフレームを注文したのですが、手持ちのフレームではサイズが合わなかったので、おばあさんが連絡先を書いて帰って行きました。知り合いの店主は高校生の気持ちを思って、少しでも速く届けてやろうと早速手配し、組み立てにかかった4~5日後のこと、高校生の母親が買うことに反対をしているとおばあさんから電話があったそうです。「母親を説得中ですので、もう少し待ってください」とも付け加えたそうです。断りにくかったのかもしれませんね。

結局、この話はキャンセルになったそうです。でも、最終的に電話をかけてきたおばあさんの口から出る言葉は、「消費者センターに問い合わせたら契約は成立しないと言われた」とか「親権者の承諾がないから契約したことにならない」「正式には頼んでいない」など、保身の言葉ばかりだったそうです。

家庭内でどんなやり取りがあったのかは分かりませんが、知り合いの店主は「ご迷惑をおかけしました。買うことができません。すみません」となぜ“親権者”が出てきて言えないのだろうか、とキャンセルよりもむしろ高校生の両親やおばあさんに腹を立てていました。皆さんどう思いますか?

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道具は使うもの

 テレビも新聞もこのところの話題は、年金問題と殺人事件ばかりですね。なんでこんな社会になってしまったんでしょうか。

 額に汗してまじめに働き、人生を送っている人が圧倒的多いのに、結局はそんな人が被害者になる話があまりにも多過ぎます。昔、「責任者出て来い」という決め台詞で受けた漫才がありましたが、「自分に関係ないことは…」なんて言っていると、いつ火の粉が降りかかってくるか分かりません。決して他人事では済まされません。「明日は我が身」なんです。まじめに人生を送っている人たちが「声なき声」ではなく、「大声」を張り上げて社会の変革に積極的に参加していかなければならない時代に変わったんです。善悪は別として。

 私生活では、人とのかかわりを持たずに過ごしていこうと思えば、それが可能になってしまうのが現代社会です。例えばインターネット。画面でつながり、チャットで会話を交わしているようですが、バーチャルな世界であって、結局は自分一人の世界を作り上げているに過ぎません。文字に感情はありませんし、気に入らなければリセットすればいいんです。自分の思う通りになるんです。まばゆい輝きの裏には底知れぬ暗闇が控えているのです。それをしっかりと見据えて対処できれば問題はないんですが。

 人間は相手と向かい合って話をする場合、相手の表情を目にし、その変化を読み取り、会話をつないでいきます。ここは自分の意見を通すべきか、相手の主張を尊重すべきか。そんなやり取りの中で相手を知り、尊重する気持ちが湧いてきます。また相手もこちらの存在を認めてくれるのです。逆に怒りがこみ上げたり、失望することもあるでしょう。そんな心をコントロールできるようになることも大事なんです。

 文字や数字だけを操作していては、その先に生身の人間がいるなんて思えなくなってきます。そんな状態が続けば「何でもいいや。適当にやっておけば」となってしまい、今回の社会保険庁のような事態を引き起こしてしまいかねません。また、何でもリセットできれば、人の命なんか「何で地球より重いの?」ということになってしまいます。

 道具を重宝して使ううちはいいのですが、使われるようになってしまうと社会の秩序は崩壊します。くれぐれも使われないように気をつけたいものです。古典的なSFではありませんが、進化したコンピューターが知能を得て自己増殖し、ついには人間を支配する未来なんて想像したくもありません。でもそんな話が専門家の間でまことしやかにささやかれているんですって。

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悪質自転車取り締まり

 「狭い日本 そんなに急いでどこへ行く」。そんなキャッチフレーズが昔ありました。全てがスピード優先になっていく社会に対する漠然とした懸念がそんな言葉になったのでしょう。スピード万能とまでは言わなくても、優先される現代社会。車を運転していても「何でそんなに急ぐの…」という車がたくさんいますね。という自分も…。

 しばしば歩道を暴走する自転車を目にします。歩道だから暴走になるのですが、車道では同じスピードで走っても、自動車からは目障りで邪魔な存在になるでしょう。そんな自転車が置かれている現状は惨憺たるものです。歩行者にも自動車にも疎まれ、日本の道路・交通行政の貧困を一手に引き受けているようなものです。

 先日、東京都で悪質自転車の一斉取り締まりが行われましたが、取り締まればいいってものでもないと思います。取り締まりを強化して自転車が絡んだ事故が減ったでしょうか? 日本の交通行政は自動車の増加に振り回され、後手後手行政です。道路を造り道路網を整備すれば交通渋滞はなくなるというのは幻想です。都市とその周辺では誘発交通によって整備されればされるほど交通量が増加していきます。人の多く集まる場所は、むしろ車道を狭くして歩道と自転車道を広くすべきではないでしょうか。そうすれば自動車はそんな地域を避けて通るでしょう。逆転の発想で道路網を整備すれば自動車も人も自転車もうまく共存できるはずです。

 地球に優しい究極の乗り物といわれる自転車。もちろん乗る人の心がけも大切ですが、自転車の特性を十分に生かせるような方策を考えることが求められているのではないでしょうか。トライアスリートの皆さん、上手な自転車の乗り方の手本を示しましょう!

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さくら

 桜のこととなると、なんでこんなに日本人は一生懸命になるんでしょう?花といえば桜、花見といえば桜の花に決まっています。開花予想に始まって、開花宣言、花だより…。「花明かり」「花筏」「花朧」「花の陰」「花にむら雲」と、情緒のある言葉がいっぱいありますが、もちろん花とはどれも桜のこと。日本人の桜好きは遠い昔からのことなんですね。

「ねがはくは 花の下にて春死なん この如月の望月のころ」

というよく知られた西行の歌、これも桜ですよね。日本人のDNAに刷り込まれているんでしょうか??

 平野部で一般的にもてはやされているのはソメイヨシノです。この種類は、オオシマザクラとエドヒガンザクラの雑種で、明治の始めころ、東京の染井で売り出された桜なんだそうです。ちなみに染井は現在の豊島区巣鴨付近らしいです。ということは、時代劇でソメイヨシノが出てくるのは本当はおかしなことなんです。遠山の金さんの桜はヤマザクラ系なんでしょうね!?きっと。ソメイヨシノは一重の花。個人的には、なんか薄っぺらな感じがして、八重に咲く桜の方が好きです。

 平野部での時季は過ぎ、山間部へと見どころが移って行きます。数年前、長野県の高遠近くを通った時、高速道路の走行車線が数キロに渡って大渋滞していました。一瞬、何事が起きたのかとびっくりしたのですが、高遠の桜を見に行く車だったのです。ご苦労様です。最近は駐車場が広くなったと聞きますが、さて…。老婆心ながら、有名地に行く時には事前調査を怠りなく。

 もう10年ほど前のことになりますか…、アメリカのワシントンD・Cのポトマック河畔を訪れた時のことです。川沿いの芝生広場や公園にはかなりの数の家族連れ、友達同士とおぼしき人たちがいました。ちょうど桜が満開の時季でした。桜を見がてらのピクニック。それも若い人が多いんです。その姿を見て、アメリカ人も花見をするんだと妙に親近感を持ったことが思い出されます。

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つれづれなるままに

本日よりブログを始めました!

つれづれなるままに、日暮らし硯に向かいて・・・!?ではなく、パソコンに向かって、心に映りゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き綴っていこうと思います。名付けて「ガスティ社長の独り言」。長~いお付き合い、どうぞよろしくお願いしまっす!!

 

 つれづれは「徒然」と書きます。意味は「どう時間をつぶすか苦しむこと」とか「することもなく、もの寂しい」ということらしいです。決して時間をもてあまして苦しんでいるのでも、もの寂しいなんて上品ぶっているわけでもないんですが、ようするにそんな雰囲気を味わってみたいといったところが本音でしょうか?よしなしごとを、折りにつけて季節に触れながら語っていきたいと思っています。

ところで、暖冬の後の「寒春」。先日の季節はずれの雪、いたずらな自然が一層、身に凍みました。でも、兼好法師は「いまひときは心も浮きたつものは、春の気色にこそあれ…」と書いています。鳥の鳴く声も一段と春らしくなり、のどかな日差しに垣根の草も芽を出す。春が次第に深くなると霞がたなびき、桜の花もだんだん咲きそうになり、せっかく咲いた花も、あいにくの雨風によって気ぜわしく散っていく。春は、いつの時代も何かにつけて「ただ気ばかりもめる」季節なんですね。

また、「友とするに悪きもの七あり」として、身分の高貴な人、若き人、身体強健な人、酒を好む人、武勇にはやる武士、虚言する人、欲深き人を、逆に「よき友三あり」と、物をくれる友人、医者、知恵のある友人を挙げています。はてさて自分は、あの人は…と考えると「ただ気ばかりもめる」ことがいっぱい!?かも。

昔あったものがいつの間にかなくなってしまっていることがよくあります。取り返すことが容易ならいいんですが、いったん失ったらそれっきりというものもいっぱいありますよね?何が必要で、何がいらないのか、じっくり考えてみる必要がありそうです。“何でもかんでも”では墓穴を掘るような気がします。というか墓穴を掘ってばかり…

身の回りを今一度見直してみると、いろいろ「気ばかりもめる」ことがいぃぃぃっぱい。ストレスをためないようにしないと!

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