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マニアック?

 その道のプロは、一般人では思いもつかないようなことまで考えて対処方法を考えるものらしいです。そんな話を聞くと、そこまで考えることが本当に必要なのか疑問に感じることさえあります。

 先日聞いた、ある会社のホームページについての話です。その会社は社員が若く、歴史も浅い会社で、経済的な問題もあって多少知識のある会社関係者がホームページを作りました。ある日、そのホームページに書き込みがあったそうです。ある方式ではそのホームページが文字化けしてしまって見られないというのです。よくよく調べてみると、ほんの一部の方式では確かにそうなることが分かりました。

 その話を聞いて「そこまで気にしなくてもいいんじゃないか。余裕ができてから考えればいいこと」と言ってやりました。会社の方針にもよりますが、みんな一生懸命やっているんです。普通の方式で何ら不便が無いのであればそれで十分ではないでしょうか。パソコンマニアのために作っているわけでもないのですから。

 指摘する方も、自らの知識を披瀝するような書き込みをするのではなく、メールでそっと知らせる方法もあったのではないでしょうか。できれば解決方法も添えて。本物のプロであればそうするはず。それではプライドが許さないのでしょうか。日本には「謙譲の美徳」という考え方もあります。

 100年に1度といわれる経済不況のさなか、みんな頑張っているのです。人ごととは思えません。

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雀の子

 雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る。一茶の有名な句です。雀の子やお馬についてはいろいろ解釈があるようですが、単純に解釈すれば、雀の子が道の上で、あっちへ行ったりこっちへ来たりしながら、えさをついばんだり群れて遊んでいる。そこへ荷車を引いているのか誰かが乗っているのか、ゆったりと馬がやってくる、そんな風景が浮かんできます。

 雀は人間に一番身近な野鳥です。でも最近、あまり目にしなくなりました。かつては、雀の騒がしい鳴き声で朝、目を覚ますこともあったのですが、このごろはドバトの声が多くなりました。今日もガスティの店の前で雀を目にしたのですが、1匹だけでした。集団で行動しているイメージが強く、その姿に違和感さえ感じました。

 先日、ネットのニュースに、雀の国内生息数が半世紀前の1割に激減しているという話を見つけました。巣を作れるような木造住宅が減ったり、餌場になる水田がなくなったり、生息環境が悪化していることが大きな理由のようです。もちろん自然環境も無視できません。雀が絶滅するなんて考えられませんが、こんな状況を目の当たりにすると、ひょっとするとと思えてきますし、そんな世界は想像したくもありません。

 話は変わりますが、2月22日でガスティが現在の場所に移転して丸3年になります。皆様のご支援でここまで来れました。「石の上にも3年」と言いますが、まだまだこれからです。今まで以上に努力を積み重ね、さらに皆様に愛され、喜んでいただける店を目指していきます。よろしくお願いいたします。

 

 

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見せてほしいがむしゃらさ

 サッカーのオーストラリア戦。なんでああなるんでしょう。選手交代のタイミングの悪さは言うまでもなく、交代する、させる選手の選定の悪さ、これでは流れも変えられません。勝たなければならない試合だったのに引き分け。負けなかっただけよしと、前向きにとらえるべきなんでしょうか。

 後半、松井に替えて大久保の投入。下げるのは松井ではなく、玉田ではなかったのか、疑問です。この日の玉田は、微妙にタイミングがずれていたように見えました。そうすれば、岡崎の投入も違った局面を生み出したのではないでしょうか。個人技を生かして強引にでも突破していく場面も必要なんです。

 上手くやろうという意識は時として迫力に欠けます。筋書き通りに動いていたのではミラクルは起きません。相手に動きを読まれてしまいます。引き分けでOKという相手の思うつぼ。しゃにむにゴールに突っ込んでいく。そのがむしゃらさが相手にとって怖さとなり、ミスを誘うのです。シュート数で圧倒的に上回っていても、惜しかったというシュートが何本あったか。

 サンケイスポーツが試合終了後に行ったアンケートでは岡田監督に「辞めてほしい」という答えが65%に上った。理由は「選手起用がおかしい」などだ。「続けてもらいたい」とした35%の中には「誰がやってもいっしょ」という答えもあったとある。

 勝負は厳しい。勝たなければならない。ましてや日の丸を背負ったチームとなれば、そのプレッシャーたるやいかばかりか。でもそれが勝負の世界に生きる者の宿命であり、裏を返せば喜びでもある。とにかくがむしゃらに勝ちに行くゲームを見せてもらいたいものだ。

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飲酒運転

 飲酒運転などアルコールに絡んだ悪質運転への行政処分が6月からさらに厳しくなるそうです。これだけ社会的に非難を浴びていてもなくならない飲酒運転。時には、取り締まったり、積極的に模範を示すべき立場にある人たちの呆れたい違反もマスコミを賑わしています。

 道交法の改正案によると、呼気1リットル中のアルコールが0.25ミリグラム以上の場合は一発で免許取り消しだそうです。それ以下でも、これまでよりかなり厳しくなっていますが、血中濃度によって罪の軽重があるのはどうなんでしょうか。

 体質的にアルコールに強い人、弱い人がいますが、飲酒という行為は同じです。たとえその量がどれだけであろうと、飲酒して自動車を運転することがいけないのであって、飲酒した結果、どんな状態になろうとそれは問題ではありません。「飲んだら乗るな…」という標語の通り、飲酒して運転すればすべて同罪ではないでしょうか。極論ですが、飲酒運転をしたら終身刑となったらどうなるでしょうか。

 飲酒すればみな同じ。つまり、アルコールの血中濃度によって罰則に違いがあることがおかしいのです。なぜそう考えられないのでしょうか。本気で飲酒運転をなくそうと思うのなら、それくらいの厳しい態度で臨まないといけません。

 個人の権利の尊重は重要なことですが、それもルールを守った上でのことです。悲劇を少しでもなくすためには思い切った改革が必要です。

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