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思い切った行動が必要

 2008年もあとわずかとなりました。今年の漢字は「変」でしたが、私的には「酷」の方がいいように思います。見捨てられた後期高齢者、国民を無視した国政の放棄、非正規雇用者の情け容赦ない解雇などはその極みでしょう。実体経済の行く手に明かりは見えず、厳しい状態はまだ続きそうです。

 こんな時だからこそ、政府は何か明るい話題を提供すべきではないでしょうか。オバマ米国次期大統領は300万人の雇用を創出すると国民に約束しています。日本も、もらうのが何かいじましいことのような言い方をされる定額給付金なんてやめてしまって、雇用創出のためのビックリするような案を考えたらどうなんでしょう。首都移転でもいい、国民の健康づくりのため、高齢者が安心して人生を楽しめる体制作りなど税金の使い道はいくらでもあるはずです。こんなときだからこそ、雇用創出のための道路建設も国民の賛同を得られるのではないでしょうか。私の周りでも、そんなことを話す人は少なくありません。

 テレビや新聞も金太郎飴のようにどのチャンネルも、どのページも同じことばかりの羅列はやめて、どうすればこの事態を乗り切れるか、少しでも前進するためには今何が必要か、国民は今何をなすべきかにもっと積極的に取り組むべきではないでしょうか。現状報告も大事でしょうが、そこでとどまってしまってはお先真っ暗になるばかりです。死語になってしまいましたが、かつてジャーナリストは「社会の木鐸」といわれたはずです。暗い話ばかりしていると、明るい部分まで暗くなってしまいます。

 確かに今は辛抱の時期なのでしょう。ならば、この機会にしかできないことをやればいいのです。山があれば谷もある。山が高ければ谷は深くなるものです。深い谷底から這い上がるには一歩一歩あるいていくしかないのです。破壊は一瞬ですが、「ローマは一日にして成らず」です。

 最後になりましたが、今年もガスティをかわいがっていただきありがとうございました。2009年も今年にも増してよろしくお願い致します。

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教育の未来

 教師や同級生を殴る、公共物を壊すといった小学生の暴力行為が急増しているという。文部科学省はその背景に、感情をコントロールできない子供達をイメージしているようだが、子供の発達過程における他者との関わりが重要なファクターと考えられる。

 親が子供といかに向き合うか、教師が子供の発達をうまくリードできているか、子供たち自体の関わりは。家庭、学校、仲間、地域社会。いろんな要素が複雑に絡み合って子供は社会人として育っていくわけだ。その過程で何かが欠けたり、いびつな状態になると問題が発生する。

 子供たちにとってどんな学校がいいのだろうか。小学校ではないが、私の故郷、岐阜市で中高一貫教育の立命館誘致をめぐって問題が発生している。市立岐阜商業高校を廃止し、立命館を誘致しようというのだ。議会で誘致を否決された市長が職を辞し、再度市長選に立候補するという。市民の意思を聞きたいというわけだ。

 かなり以前から地盤沈下がいわれ、さしたる手を打ってこなかった岐阜市。県庁所在地とはいうものの平日の繁華街はひっそりとしたもの。すれ違うのはお年寄りが多い。学校一校ぐらい誘致したところでさしたる変化はないかもしれないが、このままではいけない、何とかして未来に向けて変わっていこうという意思は感じ取れる。母校がなくなってしまう卒業生、在校生にとっては大問題であることは想像に難くない。

 故郷は遠くにありて思うもの、ではないが、必ずしも現実のものとして存在する必要はあるだろうか。逆に存続ということになれば、存続を訴えた人達が立命館誘致による効果を上回る対案を提示する責務があるのではないか。市立岐阜商業存続が決まったらそれで終わり、では地盤沈下が続く以前の状態と何ら変わらない。誘致派も勝てば官軍で勝利の美酒では何の意味もない。

 その後どうするか、がないとすべてがそこで止まってしまい、元の木阿弥になってしまう。状況は小学生の暴力行為急増と似ているように感じる。そこをよくかんがえてもらいたい。

 

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たばこの煙

 たばこをすう人でも他人のたばこの煙は気になるとよく聞きます。健康にどうこうはさておき、目の前にただよってくる煙には、「おい、なんとかしてくれよ」とにらみつけたくなるのをぐっと我慢。喫茶店やレストランなど、リラックスしたい場所ではとくにです。

 そのレストランなんですが、喫煙席、禁煙席が分けられていても、単に分席されているだけで分流されておらず、煙が流れてくることがしばしば。何のための禁煙席なのか疑いたくなるようなところもあります。ヤフーのニュースに、「たばこの煙で不快な思いをした店をまた利用する人は22%」とありました。5人に4人はもう行かないということです。当然でしょう。むしろ不快な思いをしたのに、5人に1人はまた行くということが理解できません。

 車を運転中、信号待ちで何気なく横を見ると軽自動車を運転している女性がたばこをふかしていた、なんて光景に出くわすことはありませんか。「よく」というほどではありませんが、かといって「たまに」でもありません。見かける数は男性より多いように感じます。主婦とおぼしき女性が多いように思われるのは気のせいでしょうか。家庭では子供の健康問題などが頭にちらついて…。ならば「やめれば」と考えるのは、あまりに単純?。

 またぞろ、来年には値上げのうわさ。愛煙家はますます肩身が狭くなる。ドラマや演歌で貴重な小道具だったのは過去の話。近い将来、たばこがすえる人は貴重な存在としてもてはやされる、なんてことは……太陽が西から昇ることがあってもありえませんネ。

 

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