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つれづれなるままに

本日よりブログを始めました!

つれづれなるままに、日暮らし硯に向かいて・・・!?ではなく、パソコンに向かって、心に映りゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き綴っていこうと思います。名付けて「ガスティ社長の独り言」。長~いお付き合い、どうぞよろしくお願いしまっす!!

 

 つれづれは「徒然」と書きます。意味は「どう時間をつぶすか苦しむこと」とか「することもなく、もの寂しい」ということらしいです。決して時間をもてあまして苦しんでいるのでも、もの寂しいなんて上品ぶっているわけでもないんですが、ようするにそんな雰囲気を味わってみたいといったところが本音でしょうか?よしなしごとを、折りにつけて季節に触れながら語っていきたいと思っています。

ところで、暖冬の後の「寒春」。先日の季節はずれの雪、いたずらな自然が一層、身に凍みました。でも、兼好法師は「いまひときは心も浮きたつものは、春の気色にこそあれ…」と書いています。鳥の鳴く声も一段と春らしくなり、のどかな日差しに垣根の草も芽を出す。春が次第に深くなると霞がたなびき、桜の花もだんだん咲きそうになり、せっかく咲いた花も、あいにくの雨風によって気ぜわしく散っていく。春は、いつの時代も何かにつけて「ただ気ばかりもめる」季節なんですね。

また、「友とするに悪きもの七あり」として、身分の高貴な人、若き人、身体強健な人、酒を好む人、武勇にはやる武士、虚言する人、欲深き人を、逆に「よき友三あり」と、物をくれる友人、医者、知恵のある友人を挙げています。はてさて自分は、あの人は…と考えると「ただ気ばかりもめる」ことがいっぱい!?かも。

昔あったものがいつの間にかなくなってしまっていることがよくあります。取り返すことが容易ならいいんですが、いったん失ったらそれっきりというものもいっぱいありますよね?何が必要で、何がいらないのか、じっくり考えてみる必要がありそうです。“何でもかんでも”では墓穴を掘るような気がします。というか墓穴を掘ってばかり…

身の回りを今一度見直してみると、いろいろ「気ばかりもめる」ことがいぃぃぃっぱい。ストレスをためないようにしないと!

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